セブ島移住者による交流会のブログ

セブ島移住者による「すみれ会」及びロングステイヤーの集い「木曜会」の活動状況を発信して行きます。

セブ・すみれ会レイテ島オルモックの旅・後編

10月19日より3日間レイテ島オルモックへセブ・すみれ会で旅行に行ってきました。

3日目の21日は、74年前米軍マッカーサー元帥がレイテ島に上陸した記念日に合わせて8年前より毎年恒例行事として行っている、 セブレイテ慰霊奉賛会 レイテ慰霊巡礼ツアー(10月19日〜21日)に参加させて頂き、オルモック地区3か所を慰霊させて頂きました。

レイテ島の戦いとは、1944年10月20日レイテ湾よりマッカーサー元帥率いる約20万以上の米軍が上陸進行して来たのを旧日本軍約9万人の守備隊が迎え撃ち、激しい戦闘が繰り広げられましたが、レイテ沖海戦で旧日本海軍の機動部隊が壊滅的な打撃を受けていたために、制空権を握られ補給路をも断たれ悲惨な負け戦となり更には米軍に協力するフィリピンのゲリラ部隊の待ち伏せ攻撃を受け続け、日中はジャングルに潜み夜中に移動し、食料はジャングルの中の蛇やカエル等をゲリラの標的となる事から煮炊きが出来ず生のまま食べ不衛生な水を飲まなければならず、マラリアや赤痢や下痢そして栄養失調の為多くの将兵が無くなっていきました、最終的には9万人の内97%が犠牲となったそうです。

(此の鎮魂碑のいわれを皆で読んでいます、これは京都の陸軍師団で師団長を始め多くの将兵が祭られておりました)

(オルモックでは有名な旧日本陸軍司令部跡の「ココマート 戦争荒廃建造物」米海軍戦艦による激しい艦砲射撃を受け悲惨な戦争を今に伝える建造物ですが、この土地は私有地でフィリピン人オーナーのご厚意で保存されております)


(見晴らしの良い高台にあるオルモックでは最高級の住宅街にある戦没者記念碑、ツアー参加者全員での記念撮影)
現在、我々セブ・レイテに住む在留日本人は74年前に故郷の家族を想いつつ犠牲となった日本の若者達の礎の上に私達の平和な暮らしがあることを決して忘れてはならないと心に刻んだレイテ慰霊巡礼ツアーでした。
オルモックへ来るときはオーシャンジェットでしたので帰途はスーパーキャットを利用し快適な船旅でセブに全員無事戻ってきました。


セブ・すみれ会では毎週水曜日午後1時よりマンダウエ市Jセンターモール2Fテラスにて「よろず相談」を受け付けてけております「転ばぬ先の杖」として是非ご活用ください、会員以外の方でもお気軽にお越しください。




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