セブ島移住者による交流会のブログ

セブ島移住者による「すみれ会」及びロングステイヤーの集い「木曜会」の活動状況を発信して行きます。

シニアの生活 その8・・・戦場のような公立病院

チョンワ・マンダウエからビセンテ・ソット・メモリアルメディカルセンターへ
転院することが決まっていたので、午前中に転院手続きを始めた。


チョンワ・マンダウエ病院への支払いは、17日の午後4時から18日の
午前12時までの20時間、救急治療とICU(集中治療室)の利用で
8万5千ペソだった。


ビセンテ・ソット・メモリアルメディカルセンターは、4年ほど前にも
交通事故で入院したフィリピン人スタッフを見舞いに訪れたことがあり、
おおよそは、知っていたのだが、院内は戦場から運び込まれた傷ついた
兵士のたまり場のようなところだった。


付き添い人も、疲れ果てた難民のように床に座りこんだり、寝ている人が大勢。
待合室や通路も重病患者で溢れているのだ。


眼の前で心臓マッサージをされていた人が数分後に亡くなると、すぐに
別のベットが運び込まれ、順番待ちをしている状態だ。


チョンワ・マンダウエを出発するまでに病室の確保と準備を確認したかったのだが、
ビセンテ・ソット側と連絡が取れないまま到着してしまったので、想定内とはいえ、
外国人が入院するところではなかった。見回して見ても外国人は私とK氏しか居ない。


案の定、病室は空いておらず、午後3時まで救急病棟入り口付近で待機せざるを
得なかった。
自動の人工呼吸器も設置されていないため、交代で手動ポンプを押し続けた。
休みたくても座る椅子もなく、床にあぐらをかいて交代で休息した。


病室が空かなければ、この場所で一夜を過ごさなくてはならず、不安で一杯だった。
B医師との約束で転院して来たことを病院に伝え、ICUの空きを待っていたが、
大部屋にも空きがない。


B医師の部下が懸命に院内の空き室を探してくれて、プライベートスイート・ルーム
が空いていることが判明したので、取り敢えずは、プライベートスイートルームへ
入れてもらうことになった。


室料を聞くと、大部屋で1日500ペソ(貧困層は無料)、ICUで1,200ペソ、
プライベートスイートルームで2,500ペソだった。
マンダウエの病院に居るよりは遥かに安いので助かった。b

その後、スイート・ルームの入院準備に2時間も待たされ、入室できたのは
午後5時過ぎ。
手動の人工呼吸器から開放され、やっと落ち着くことが出来た。
心電図などのモニタリング装置が無いため、「大丈夫なのか」と聞くと、
看護士が1時間毎に血圧を測りに来るから大丈夫だとのことだった。


手動の呼吸器に比べ、自動呼吸器の方がK氏の容態も安定しているのが見てわかる。
また、プライベートスイート・ルームなので、付添人もソファーベットで寝れるので
安心だ。
この部屋でも24時間体制で付添人が必要と言われ、介護士A嬢とメイドに
今夜の宿泊を頼んだ。


これからは、介護から開放されるが、付き添いだけのために毎日通院するのも大変だ。
医師からは、3週間から1ヶ月程度の入院と言われているが、早く人工呼吸器から開放
されて、K氏ともう一度会話できる日を待ち望んでいる。


K氏の症状に変化が見られないかぎり、ブログの連載を休止するつもりです。
すみれ会会員の皆様から温かい励ましのお言葉をいただかなければ、
今日までのブログは書けなかったと思います。
この場をお借りして、感謝申し上げます。・・・終わり・・・

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