セブ島移住者による交流会のブログ

セブ島移住者による「すみれ会」及びロングステイヤーの集い「木曜会」の活動状況を発信して行きます。

シニアの生活 その3・・・転院

午前中は、妻が付き添いしているので、午後の面会時間
6時過ぎに病院へ行く予定だったが、担当ドクターに会う
機会を失うおそれがあったので、午前中に病院へ行った。


妻の話では、午後2時頃に巡回に来るとのことだったので、
担当医師が来たら、連絡を貰うことになっていた。
それまでは、コンビニで昼食を買い、ファミリールームで
待機することにした。


午後2時を過ぎ6時になっても連絡がないので、K氏の居る
ICUへ行った。ICUには、それぞれ担当の看護士が居るので
「ドクターは来たのか」確認すると「wala」、やっぱりか・・・
2時に来るという情報は誰からの情報なのか?などを問い詰めて
みたが誰にも分からない。朝の6時から夜9時までに一度は
来るとの事らしいが・・・www。


そんな時に、K氏のアパートの隣の部屋に住むA嬢が見舞いに
来てくれた。

彼女は、看護士で妻のズンバ(踊り)のインストラクターでもある。
昨日、救急入院してから診察に至るまでの一部始終を説明したところ、
「それは有り得ない、病院を訴えた方がいい」と言うが、大病院を
相手に裁判を起こせるはずも無く、やはり例外中の例外だったのかと
思うと腹立たしくなる。


今日来るはずのドクターも未だに姿を見せないので、フィリピンの
ドクターは皆そうなのか?と聞いてみると「名医と言われる医師ほど
巡回する病院が多いので、なかなか会い難い」という。
ただ、通常は、専門医が2人~3人居るので、そんなことは無いが
この病院は新しいので、脳専門医は一人しか居ないらしい。
「参ったなぁー」よりによってこんな病院へ来てしまったとは・・・


そこでA嬢から提案があった。「セブのチョンワに有名な先生がいる
ので紹介しましょうか?」と・・・神の助け・・・
「わかった。是非紹介してくれ」とお願いした。
同じ系列のチョンワ病院なので、転院希望を提出すればいいとの事。
しかし、今の担当医師が意地悪ければ転院許可が出ないのでは・・・
「大丈夫です。今の担当医師は、セブ・チョンワ病院の先生の弟子ですから」

私:「そうなんだ!それはいい事を聞いた、すぐに転院届けを」
妻:「来週の月曜日に2回目のCTスキャンを取ると看護士が言っています・・・」
私:「CTスキャンならセブ・チョンワにもあるでしょ?」
A嬢:「はい、勿論ありますよ」


妻とA嬢に転院手続きを任せた。
ナースステーションがあわただしくなりドクターに電話している様だ。

私:「何だ?連絡取れるんじゃないか?」
ICUの看護士:「セブ・チョンワ病院の空きベットを確認してみます」と
空きがなければ、当然、転院は出来ない。
空きベットの確認が取れ、担当の医師も転院を承諾した。


看護士:「Bill(請求書)を貰ってから、支払いを済ませて下さい」と。
妻と階下へ行き請求書を貰った・・・
2時間ほど前、来週の月曜日にCTスキャンを撮ると言われたので、
ナースステーションで、1日当たりの費用を概算で教えてもらっていた。


「1日当たり5千9百ペソ」と言われたので、あと3日間で約2万ペソか、
と納得していたのだが・・・
「38千・・・ペソ」??「何?1日で?」

5千9百ペソは、部屋代だけで薬代などが加算されるのだと・・・

あまりに不親切な対応に腹が立ったので、説明を求めた。
すると「8千9百ペソ」です。と訂正が・・・・えぇー(苦笑)!
お金を渡し、「請求書明細とOR(正規の領収書)を下さい」と待って
いると、何やらもう一人の年輩職員と話をしだした。
「サール!、プロフェッショナルフィー(担当医の報酬)が漏れてました」
「そして、やはりこの金額です・・・と」手書きで4個所の訂正があり、
「39千・・・ペソ」・・・wwwなんと・・・
転院先でデポジットとして3万ペソを支払わなくてはならなかったので、

今ここで4万ペソ近くを支払うことが出来ない。


「手書きで訂正した請求書は受取れない、きちんと印字したものを
下さい」と・・・後に日本で海外療養費の請求をしなければならないので
手書きで訂正した請求書は受取れない旨を告げた。
「今日は、上司が既に帰宅して不在なので、訂正出来ません・・・」と
「じゃー明日支払に来るから、それでいいよね(苦笑)と・・・」
「わかりました。セブ・チョンワへ訂正した請求書を送りますので

セブ・チョンワ病院で支払って下さい」・・・
私:「OK・・OK・・サンキュー!」


ということで、今日のところは何とか支払いを免れたが、CTスキャンを
撮る為に月曜日まで、ここで入院していたら大変なことになっていた。


転院の準備の為、ICUへ戻ると看護士が紙オムツや点滴などを整理
していた。
「もしかして、この多量のオムツや点滴は請求書に含まれているのでは?」
A嬢「返品して請求書から差し引くこともできますが、セブ・チョンワ病院で
使いますから、全部持っていきます」と・・・なるほど・・・


A嬢はチョンワ・マンダウエからセブ・チョンワ病院まで救急車で運んで貰う
手配をしてくれていたが、ドライバーが不在との事で1時間ほど待った。


時間は既に10時過ぎ。やはり、担当医はこの時間までも来なかった。
今日は土曜日、明日の日曜日も来るはずはないと予想は的中した。


セブ・チョンワ病院に到着し、アドミン(総務)でデポジットを支払い、
ここでも1日当たりの入院費用を聞いてみた。
「25千・・・ペソ~MAX30千・・・ペソ」だと・・・
マンダウエよりも安いので多少安堵してみたが、退院するまでは
安心は出来ない。


病院の作りは古いが、看護士や患者、付き添いや見舞い客の数は、
マンダウエに比べて10倍以上だ。
既に担当医が待ち構えてくれており、早速、明朝4時に血液採取と
CTスキャンを撮るそうだ。
マンダウエの看護士は、2回目は三日間経たないと撮影できないと
言っていたので、医師に確認すると「中1日でも脳内の腫れは変化
しますから」と・・・対応が早く安心出来そうだ・・・

一方、マンダウエは土・日曜日は、CTスキャンの担当医が不在だから、
月曜日と言っていただけだと思われる。


面会時間も制限はありますが、ナースステーションのドアは24時間
空いており、いつでも出入りが自由なので、助かりました。
時刻は既に夜中の12時を回っていた。妻は今日もファミリールームで

宿泊することになった。
「疲れるから、今日は帰ったら」、と言っても「可哀想だから・・・」と
私の言うことを聞かない。

フィリピン人の介護精神には敬服するが、もっと先々を読んで欲しいと
願うのだが・・・つづく・・・

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